《斯波家譜》(読み)しばけふ

世界大百科事典(旧版)内の《斯波家譜》の言及

【斯波義敏】より

…66年(文正1)大内氏の助力によって3ヵ国守護職を回復するが,山名持豊を頼った義廉に再び奪回され,細川勝元を頼ることとなり,応仁・文明の乱の要因になった。乱の過程で衰えた斯波家は二度と興隆しなかったが,81年(文明13)斯波家嫡流の事跡を記した義敏作の《斯波家譜》は,その顕彰碑だったともいえよう。【田沼 睦】。…

※「《斯波家譜》」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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