世界大百科事典(旧版)内の新ゼツェッシオンの言及
【ゼツェッシオン】より
…しかしゼツェッシオンも評価の確立とともに保守化し,1910年ころには,新たに登場してきた表現主義の芸術家に対して守勢に回ることとなった。W.カンディンスキーを中心とした〈ミュンヘン新芸術家協会〉の設立(1909),ペヒシュタインMax Pechstein(1881‐1955)を中心としたベルリンでの〈新ゼツェッシオン〉の設立(1910)など反ゼツェッシオン運動が起こり始めたことは,この運動の役割の転回を物語っている。以後ゼツェッシオンは保守派の拠点となってゆく。…
※「新ゼツェッシオン」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」