新田岩松家純(読み)にったいわまついえすみ

世界大百科事典(旧版)内の新田岩松家純の言及

【上野国】より

…この乱は78年(文明10)まで4分の1世紀にわたって行われ,上杉方は惣社,白井,鎌倉(のちに足利)の三長尾氏や上州一揆,武州一揆に支えられて,上野や武蔵を押さえて,下総古河を拠点とし,小山氏,結城氏などの下野,下総の伝統的豪族に支えられた足利成氏(古河公方)に対抗する。この間,新田岩松持国は,当初成氏方に立ち,のちに上杉方に寝返るが,やがて上杉方の新田岩松家純によって滅ぼされ,家純は新田荘を回復して金山城を築城する。この内乱の過程で,古河公方,上杉氏ともに勢力は衰え,各地に勢力を結集した戦国領主(小大名)が成立する。…

※「新田岩松家純」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

二十四節気の一つ。元来,太陰太陽暦の 12月中 (12月後半) のことで,太陽の黄経が 300°に達した日 (太陽暦の1月 20日か 21日) から立春 (2月4日か5日) の前日までの約 15日間で...

大寒の用語解説を読む