日子山(読み)ひこさん

世界大百科事典(旧版)内の日子山の言及

【英彦山】より

…JR日田彦山線彦山駅から豊前坊までバスの便がある。【赤木 祥彦】
[信仰]
 古くは日子山と書き,嵯峨天皇のときに彦山と変わり,1729年(享保14)霊元上皇の院宣によって英彦山と書くようになった。英彦山は奈良時代の医僧法蓮の入峰以来,山伏の修験道場として栄え,最盛期には僧坊3800を数え,その信仰は九州一円に及び,大峰山,羽黒山と並んで日本の三大修験道場とされた。…

※「日子山」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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