日新塾(読み)にっしんじゅく

世界大百科事典(旧版)内の日新塾の言及

【常陸国】より

…庶民教育のための私塾,寺子屋は,天保期(1830‐44)以降幕末にかけてかなり普及した。茨城郡成沢村(現,水戸市)の加倉井砂山が営んだ私塾日新塾には遠近各地から来て学ぶ者が多く,門人には藤田小四郎,斎藤監物(けんもつ)らやがて幕末尊攘志士として活動する者も含まれていた。土浦の町人学者沼尻墨僊とその子墨潭が営んだ寺子屋天章堂の入門者総数は,1803年(享和3)の開設から71年に至る69年間で889人に達した。…

※「日新塾」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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