日朝貿易会(読み)にっちょうぼうえきかい

世界大百科事典(旧版)内の日朝貿易会の言及

【朝鮮民主主義人民共和国】より

…在日朝鮮人の祖国自由往来は,65年に墓参の老人のケースを認めて以後,不許可が続いたが,70年ころから緩和され,最近では朝鮮大学校をはじめ民族学校生徒の修学旅行なども実現している。貿易は民間の日朝貿易会を窓口に進められてきたが,70年代初頭のプラント輸出にともなう技術者入国や輸銀融資についての日本側の拒否や共和国の債務問題(1976年顕在化)などのため,困難が多い。77年に締結された日朝漁業協定は82年の期限切れ以後中断されていたが,韓国の全斗煥大統領訪日後の84年10月,再締結された。…

※「日朝貿易会」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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