《日本乞師紀》(読み)にほんきつしき

世界大百科事典(旧版)内の《日本乞師紀》の言及

【黄宗羲】より

…明王朝の滅亡(1644)の後,彼は一時,南京の福王のもとにいたが,清軍の進入のために故郷に帰り,魯王のもとにあって反清抵抗運動を続け,1649年(順治6),魯王の命で日本の長崎にきて援軍を求めたが失敗した。《日本乞師紀》《海外慟哭記》は,その記録である。 明王朝復興の望みが絶たれると故郷で学問と著述に専念した。…

※「《日本乞師紀》」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

政府首脳が外国を訪問した際の会談内容や合意事項を記した外交文書。法的拘束力は持たないが,その内容は両国を事実上拘束する。類似のものに共同発表 joint statementがあるが,これはより記録的な...

共同声明の用語解説を読む