日本人労農学校(読み)にほんじんろうのうがっこう

世界大百科事典(旧版)内の日本人労農学校の言及

【延安】より

…最初は保安鎮(志丹県)を拠点としたが,37年1月延安に移り,第3次国内革命戦争の始まった47年3月まで党中央と中国紅軍総司令部がここにおかれ,47年7月以降は抗日戦争の実際の主力部隊であった八路軍,新四軍の戦争指導と,解放区および抗日遊撃区の民衆の指導はここで行われた。また抗日戦争と民衆の指導にあたる幹部を養成するための抗日軍政大学,延安女子大,魯迅芸術学院などの学校や日本人の反戦活動家を養成する日本人労農学校なども周辺の山々の山腹をうがって作られた洞穴住居(窰洞(ようどう))を利用して設けられた。41年蔣介石の命により,国民政府は大軍をさしむけて延安を包囲し,食糧,衣服,兵器などの一切の搬入を遮断したが,毛沢東は大生産運動を展開して,この貧寒な陝北の黄土高原地帯で,食糧,衣料品などの自給自足を実現し,この難局を切りぬけた。…

※「日本人労農学校」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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