《日本文芸学》(読み)にほんぶんげいがく

世界大百科事典(旧版)内の《日本文芸学》の言及

【岡崎義恵】より

…長く東北大教授を務める。文芸の研究が単なる文献的,書誌的,伝記的なものにとどまることを排し,文芸性そのものに迫ることをめざして,日本文芸学の樹立を提唱。古代から近代におよぶ壮大な研究を展開して,学界に新風を呼んだ。…

【日本文学】より

…昭和期にはもうひとつの国文学内部からの批判的動向がみられる。岡崎義恵《日本文芸学》(1935)の提唱は,文献学・書誌学偏重の国文学に対し,日本文芸そのものを学的対象とすることで文学研究の自立をめざしていた。ただその審美的範疇論というべき方法に,日本文学の多彩な総体を把ええない偏狭さが含まれていたことが否定できない。…

※「《日本文芸学》」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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