日本総船印(読み)にほんそうふなじるし

世界大百科事典内の日本総船印の言及

【日の丸】より

…1853年(嘉永6)9月に大船建造の禁を解いた幕府は,御国総船印(おくにそうふなじるし)・帆印について評定所一座・大小目付・勘定奉行・大船製造掛に諮問した結果,翌54年(安政元)5月に御国総船印は白紺布交りの吹貫,帆印は白地中黒とし,幕府船は日の丸の幟を立て,藩船は在来の印を用いる案をまとめ,海防参与を命じた前水戸藩主徳川斉昭の意見を徴した。6月から1ヵ月余にわたって,日本船の標識として日本の日を表す日の丸を強硬に主張する斉昭と,幕府船の標識としての日の丸に固執する幕府の間で折衝が繰り返されたあげく,幕府は斉昭に押し切られて,7月,白地日の丸の幟を日本総船印と決め,幕府船は白地中黒の帆印と白紺2色の吹貫を用い,藩船は各家の定めた別の船印・帆印を使うように命じた。この日本総船印は,形式的には幕府の日の丸船印と変わるところはない。…

※「日本総船印」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社世界大百科事典 第2版について | 情報

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