《日本詩選》(読み)にほんしせん

世界大百科事典(旧版)内の《日本詩選》の言及

【江村北海】より

…伊藤家も江村家も家学は朱子学であったが,朱子学を強く宣布するという家風ではなく,北海も養父のあとをついで美濃郡上藩の儒官にはなったが,その活動は儒学よりも漢詩文に傾斜していた。それも詩文の実作にすぐれた才能を示したわけではなく,家塾の賜杖堂(しじようどう)において多くの門人に詩文を教授し,また上代から当代までの漢詩史《日本詩史》(1771)を著し,当時の人々の漢詩を広く採集した《日本詩選》(1774)を編纂するなどの,啓蒙・著述の活動に本領があり,上方に漢詩文が普及するうえで大きな役割を果たした。漢学入門の手引書《授業編》(1783)など,他にも多くの著述がある。…

※「《日本詩選》」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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