世界大百科事典(旧版)内の《日東記游》の言及
【金綺秀】より
…1876年,日朝修好条規締結ののち,礼曹参議として修信使に任命され,団員75名を率いて日本を訪問。帰国後に著した《日東記游》は,当時の対日本認識に少なからぬ影響を及ぼした。谷山郡守,徳源府使,監理義州通商事務などを歴任し,93年に黄澗・清風地方で民乱が起こった際には,按覈使として現地に派遣された。…
※「《日東記游》」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...