日満支鉄鋼増産計画(読み)にちまんしてつこうぞうさんけいかく

世界大百科事典(旧版)内の日満支鉄鋼増産計画の言及

【鉄鋼業】より

…1936年の生産実績が銑鉄200万t,圧延鋼材426万tであったのに対し,小川商相案(1936年7月)がそれぞれ400万t,500万t,伍堂商相案(1937年3月)が同517万t,550万t,吉野商相案(1937年8月)が同775万t,832万tというごとくである。この鉄鋼増産計画は伍堂案以来〈日満一体〉の計画として樹立され,38年3月には〈北支〉を含む〈日満支鉄鋼増産計画〉としてさらに肥大化する(銑鉄1250万t,鋼材1100万t計画)。そして,増産計画達成のために製鉄事業法が制定され(1937年8月),鉄鋼業を全面的に国家の統制下に置く戦時鉄鋼統制が本格化した。…

※「日満支鉄鋼増産計画」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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