旧皇室典範(読み)きゅうこうしつてんぱん

世界大百科事典(旧版)内の旧皇室典範の言及

【皇室典範】より

…大日本帝国憲法時代にも同名の法規範があったが,それは憲法を頂点とする政務法体系と区別された,皇室事務に関する宮務法体系の頂点に立つものであり,大日本帝国憲法と並ぶ最高の成文法典であった。旧皇室典範は,皇室自律主義の原則の下で,臣民の意思を反映させるべきものではないとされていたので,天皇によって勅定され(1889年2月11日,つまり大日本帝国憲法と同日。ただし,皇室の家法であるとして公布されなかった),その改正にあたっても帝国議会は関与を認められなかった(ただし,1907年の増補時より公布)。…

※「旧皇室典範」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

二十四節気の一つで,二至 (夏至,冬至) ,二分 (春分,秋分) として四季の中央におかれた中気。元来,春分は太陰太陽暦の2月中 (2月後半) のことで,太陽の黄経が0°に達した日 (太陽暦の3月 2...

春分の用語解説を読む