早瀬大橋(読み)はやせおおはし

世界大百科事典(旧版)内の早瀬大橋の言及

【大柿[町]】より

…集落は北東部の飛渡瀬(ひとのせ)低地と中央西部の大原低地,および沿岸のわずかな平地に展開する。東の倉橋島とは早瀬大橋(1973完成)により結ばれ,さらに音戸大橋(1961完成)を経て本土の呉市まで陸続きとなっている。温暖な瀬戸内式気候を生かしてミカン,野菜,花卉栽培が行われ,漁業はカキ養殖が中心。…

【音戸[町]】より

…人口1万6264(1995)。本土の呉市とは急潮で知られる音戸ノ瀬戸によって隔てられていたが,1961年音戸大橋が完成して陸続きとなり,西の能美島とは早瀬大橋(1973完成)によって結ばれている。本土の警固屋(けごや)(呉市)と相対する中心市街の音戸は,かつては御塔(おんとう),穏渡ともいい,瀬戸内海の要港であった。…

※「早瀬大橋」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

〘 名詞 〙 春の季節がもうすぐそこまで来ていること。《 季語・冬 》 〔俳諧・俳諧四季部類(1780)〕[初出の実例]「盆栽の橙黄なり春隣〈守水老〉」(出典:春夏秋冬‐冬(1903)〈河東碧梧桐・高...

春隣の用語解説を読む