明聖湖(読み)めいせいこ

世界大百科事典(旧版)内の明聖湖の言及

【西湖】より

…今の杭州市街地の部分が,その砂州にあたる。漢代には明聖湖や銭塘湖という名で知られていたが,唐代になり杭州が南方開発の中心として栄えるようになって注目された。封入されてからも,周囲の山地からの河川が運ぶ泥土で,湖水は縮小,沼沢化がすすんでいたが,安定した灌漑用水,都市の生活用水の確保,漕運の便宜,あるいは美しい景観を保持するために修築が加えられ,中でも唐の白居易(楽天)の築いた白堤,宋の蘇軾(そしよく)(東坡)の築いた蘇堤は有名。…

※「明聖湖」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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