昭侯申(読み)しょうこうしん

世界大百科事典(旧版)内の昭侯申の言及

【寿県古墓】より

…寿県は淮河と淝河の合流点の南岸に位置し,前493年に蔡国がここに遷都し,前241年には楚が都とするが,前223年に秦によって滅ぼされた。1955年に寿県城西門内で調査された前6~前5世紀に比定される墓は蔡の昭侯申の墓と思われ,正方形の竪穴木槨墓で,漆棺を納めていた。副葬品584点のうち486点が青銅器で,〈呉王光鑑〉〈蔡侯〉などの銘文のあるものが発見された。…

※「昭侯申」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む