晦鳴学舎(読み)かいめいがくしゃ

世界大百科事典(旧版)内の晦鳴学舎の言及

【劉師復】より

…辛亥革命のときは,袁世凱(えんせいがい)暗殺をはかったが,南北和議成立で断念した。その後,杭州に隠棲して思索を練り,12年5月広州でアナーキズム団体晦鳴学舎を組織し,さらに道徳修義を標榜する心社を結成した。晦鳴学舎は13年8月《晦鳴録》を創刊したが,発禁にあったあと《民声》と改名して澳門(マカオ)で続刊した。…

※「晦鳴学舎」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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