《未来派建築宣言》(読み)みらいはけんちくせんげん

世界大百科事典(旧版)内の《未来派建築宣言》の言及

【サンテリア】より

…ミラノで学び,仕事をはじめて間もなく,高層ビルや立体交通などを大胆に取り入れた未来都市のスケッチを〈新都市〉と名付けて発表(1914),反響をまきおこす。彼の書いた展覧会カタログの序文を読んだ未来派の創始者マリネッティは,これに手を加え《未来派建築宣言》として発表(1914)。機械文明にふさわしい都市と建築をイメージで先取りした彼も,作品を実現する前に第1次大戦に応召,戦傷を受けて没した。…

※「《未来派建築宣言》」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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