世界大百科事典(旧版)内の杜君英の言及
【朱一貴】より
…このころ台湾では政治が廃弛し,知県が農民に重税を課し酷刑に処すなどのことが重なったので,1721年(康熙60)彼らは朱一貴を首領に反乱を起こした。これに広東人杜君英らも加わりほとんど全台湾が一時反乱側に占領された。しかし福建人,広東人の対立により内部分裂を起こしたうえ,清朝軍の反撃にあい,彼は捕らえられ処刑された。…
※「杜君英」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
二十四節気の一つで,二至 (夏至,冬至) ,二分 (春分,秋分) として四季の中央におかれた中気。元来,春分は太陰太陽暦の2月中 (2月後半) のことで,太陽の黄経が0°に達した日 (太陽暦の3月 2...