世界大百科事典(旧版)内の条坊制都城の言及
【難波京】より
…しかし孝徳朝の難波長柄豊碕宮と考えられる前期難波宮に,条坊制を伴う京が当初から存在していたかどうかについては多くの問題が残されている。《日本書紀》の記述が史実としてそのまま信用されていた戦前においては,喜田貞吉の《帝都》にみられるごとく,大化改新詔の京師条に基づいて,中国の唐長安城を模した条坊制都城が長柄豊碕宮において初めて成立したとするのが通説であった。現在では京師条は他の詔文同様,後世の大宝令による潤色が濃いとして,孝徳朝における難波京の存在には否定的で,中国の都城制を範とする条坊制都城の成立は天武朝以後,なかんずく藤原京に始まるとする見解が有力で,条坊制都城の成立時期は古代史学の争点の一つとなっている。…
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出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」