東アフリカ保護領(読み)ひがしあふりかほごりょう

世界大百科事典(旧版)内の東アフリカ保護領の言及

【ケニア】より

…19世紀中葉からヨーロッパ人宣教師,探検家が来訪し,イギリス・ドイツ間の領土争いの末,同世紀末にイギリスの勢力下に入った。1888年帝国イギリス東アフリカ会社が勅許を得て通商,統治を開始し,95年にはイギリス政府が自ら統治に乗り出し,東アフリカ保護領が形成された(イギリス領東アフリカ)。さらに1920年にはザンジバルの首長の権益が残っていた海岸部を合わせて,ケニア植民地および保護領となった。…

※「東アフリカ保護領」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む