東の村(読み)ひがしのむら

世界大百科事典(旧版)内の東の村の言及

【新しき村】より

…白樺派の文学者武者小路実篤が提唱した生活共同体の村。1918年宮崎県児湯郡木城村に建設したが,その後,ダム工事で農地の大半が水没することになったため,39年埼玉県入間郡毛呂山町に〈東の村〉を建設した。〈新しき村〉の精神は,自他を犠牲にすることなく自己を生かすことにあり,村民は,みずからの労働によってみずからの生活を支えたうえで,自由を楽しみ,個性を生かせる生活を全うすることをめざした。…

※「東の村」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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