東夫余(読み)ひがしふよ

世界大百科事典(旧版)内の東夫余の言及

【夫余】より

…しかし五胡十六国時代になると鮮卑の侵入をうけて国王は自殺し遺民は沃沮(よくそ)の地(咸鏡道方面)に奔った。彼らはここで東夫余を建国したという。この東夫余も相ついで高句麗の攻撃をうけ,494年滅亡した。…

※「東夫余」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

半夏ともいう。七十二候の一つで,本来は夏至後 10日目から小暑の前日までをいったが,現行暦では太陽の黄経が 100°に達する日 (7月1日か2日) を半夏生とし,雑節の一つとして記載している。この頃半...

半夏生の用語解説を読む