世界大百科事典(旧版)内の《東洋婦人画報》の言及
【婦人画報】より
…06年,独歩は独立して発行を続けたが,経営に失敗,07年8月,島田義三の東京社(のちの婦人画報社)に継承された。一時,誌名を《東洋婦人画報》《戦時女性》としたこともある。当初は,上品でやや堅苦しいという評もあったが,大正・昭和を通じて,画報形式の女性ジャーナリズムをつくりあげていった功績は大きい。…
※「《東洋婦人画報》」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...