《東都名所》(読み)とうとめいしよ

世界大百科事典(旧版)内の《東都名所》の言及

【歌川広重】より

…さらに23年には鉄蔵と改名,家督を嫡子に渡し,画家として立つ決意を固め,絵本類や風景画をも手がけるようになる。そして31年(天保2)ころ,一幽斎の落款をもつ初期の傑作《東都名所》を世に送り,清新な色彩感覚を示すとともに風景画家としての本格的スタートを切った。32年には幕府の八朔御料馬献上の行列に随行して京都へのぼり,帰府後,一立斎の落款をもつ代表作《東海道五十三次》の続絵を発表。…

※「《東都名所》」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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