世界大百科事典(旧版)内の林派の言及
【白隠】より
…したがって,多くの著述の中にも,《槐安国語(かいあんこくご)》《荆叢毒蘂(けいそうどくずい)》《息耕録開筵普説》のような本格的な漢文体の語録と,《夜船閑話》《壁生草(いつまでぐさ)》《藪柑子(やぶこうじ)》《遠羅天釜(おらてがま)》《おたふく女郎粉引歌》《大道ちょぼくれ》などの平易な仮名法語がある。彼の会下(えか)には雲衲(うんのう)が群集し,東嶺円慈,遂翁(すいおう)元盧,峨山慈棹(じとう),葦津慧隆(いしんえりゆう)など多数の禅傑を輩出,その門派林派は大いに栄え,やがて臨済宗の法流を独占するにいたった。【藤岡 大拙】 白隠はまた書画を得意とし,禅宗祖師像,出山釈迦像や観音像から民間信仰に基づく七福神などの主題,あるいは市井の人物や動物を主人公にした戯画を描いた。…
【臨済宗】より
…特に宗峰の法嗣(はつす)関山慧玄(かんざんえげん)の妙心寺派は,戦国時代から江戸時代にかけてしだいに教勢を強めたが,その法系から白隠慧鶴(はくいんえかく)が出るにおよんで,臨済宗の主流となった。白隠は峻烈な公案禅の挙揚と,卓越した指導力によって林(こうりん)派と呼ばれる大門派を形成し,日本の臨済中興の祖と仰がれ,以後,臨済僧の法系はことごとく白隠の流れをくむことになった。現在では,天竜寺派,相国寺派,建仁寺派,南禅寺派,妙心寺派,建長寺派,東福寺派,大徳寺派,円覚寺派,永源寺派,方広寺派,国泰寺派,仏通寺派,向嶽寺派,興聖寺派がある。…
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出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」