柄崎ノ湯(読み)つかさきのゆ

世界大百科事典(旧版)内の柄崎ノ湯の言及

【武雄[市]】より

…武雄は古く柄崎(つかさき)と称したが,1873年武雄神社にちなみ改称。武雄温泉(単純泉,45~51℃)は柄崎ノ湯としてすでに《肥前国風土記》にも見え,現在も朱塗の大楼門が立つ情緒のある温泉である。江戸時代には佐賀藩の親類同格武雄鍋島家が南の御船山に館を構えて支配,町は湯町また長崎街道の塚崎宿,六角川舟運の河港として栄えた。…

※「柄崎ノ湯」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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