世界大百科事典(旧版)内の根本分裂の言及
【上座部】より
…仏滅100年ごろ仏教教団は上座部と大衆部(だいしゆぶ)の二つに分裂した。これは根本分裂と呼ばれ,部派仏教の時代の幕開けとなった。サンスクリットでスタビラ・バーダSthavira‐vāda,パーリ語でテーラ・バーダThera‐vādaという。…
【大衆部】より
…この事件を契機として,比較的若い僧を中心とした進歩派グループは,あくまでも伝統を墨守する保守派の長老たちと袂を分かつことになった。これを仏教教団の〈根本分裂〉という。前者は大衆部と称し,後者は上座部と呼ばれ,その後分裂を繰り返し,18部あるいは20部に分派した。…
【部派仏教】より
…釈迦滅後100年,すなわちアショーカ王(前3世紀)のころ,仏教教団は保守的な上座部(テーラバーダ)と進歩的な大衆(だいしゆ)部(マハーサンギカ)とに分裂した。これは戒律や教理の解釈上の意見の対立によって分裂したもので,これを〈根本分裂〉と呼ぶ。以後,分派に分派を重ねて,上座部系11部派と大衆部系9部派の,いわゆる〈小乗20部〉が成立した。…
※「根本分裂」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」