根津権現(読み)ねづごんげん

世界大百科事典(旧版)内の根津権現の言及

【根津】より

…1652年(承応1)甲府宰相徳川綱重の下屋敷の地となる。1706年(宝永3)同家の産土(うぶすな)神の根津権現(根津神社)が駒込千駄木から移転して以来,根津と称するようになった。同社は文明年中(1469‐87)太田道灌の再興と伝えるが,当地への移転にともない,その門前地には門前町屋2町(根津門前町,根津社地門前)と西丸奥坊主らの拝領町屋敷(根津宮永町)がつくられ,やがて江戸有数の繁華な岡場所(私娼街)となった。…

※「根津権現」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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