桜田大我(読み)さくらだたいが

世界大百科事典(旧版)内の桜田大我の言及

【桜田文吾】より

…明治・大正期のジャーナリスト。大我,一寸法師と号す。仙台の出身。小学校の助教を経て東京法学院(現,中央大学)に進み,のち陸羯南主宰の日本新聞社に入社。1893年に刊行された《貧天地饑寒窟探検記》はその3年前《日本》に連載された貧民街探訪記である。最も早い東京,大阪の貧民ルポで二葉亭四迷,松原岩五郎,横山源之助の活動に影響を与えた。のち京都通信社を創設し,京都市会議員に当選した。【橋本 哲哉】…

※「桜田大我」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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