森昌胤(読み)もりまさたね

世界大百科事典(旧版)内の森昌胤の言及

【伯家神道】より

…しかし後には,神祇大副の吉田家が神祇管領と称し神祇官の実権を握ったので伯家の勢力は衰え,これに対抗するため神号を授け,伯家拝揖(はいゆう)式の許状を出し,《伯家部類》を編集して自家の地位を明らかにしようとした。また学頭森昌胤は《神道通国弁義》を著して伯家神道の意義を示し,国学者平田篤胤を招いて自家所属の神職に神道を学ばせた。【平 重道】。…

※「森昌胤」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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