橋本忠兵衛(読み)はしもとちゅうべえ

世界大百科事典(旧版)内の橋本忠兵衛の言及

【大塩の乱】より

…予定をくりあげて決起した大塩勢は,〈救民〉の旗をひるがえして天満の東半部を一巡し,難波橋から船場に入った。一行は三陣に構え,与力・同心ら武士20人と,摂津東成郡や河内茨田郡・交野郡の村々など,おもに淀川左岸下流の農民を組織した般若寺村橋本忠兵衛,守口町白井孝右衛門,門真三番村茨田郡士ら豪農を軸に,一部被差別部落民の参加も得て,その数300~400人に及んだ。今橋筋の鴻池屋善右衛門・天王寺屋五兵衛・平野屋五兵衛,高麗橋筋の三井呉服店・岩城升屋,内平野町の米屋など大特権商人を襲い,市中の5分の1を焼いた。…

※「橋本忠兵衛」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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