橘の島宮(読み)たちばなのしまのみや

世界大百科事典(旧版)内の橘の島宮の言及

【庭園】より

…大化改新後になって,天武天皇の皇子,草壁皇子の早世を悲しんで春宮の舎人たちの詠んだ歌が《万葉集》巻二にのこされているが,この歌から皇子の庭園がかなりはっきり知られる。この庭園にも池がうがたれ,荒磯の様を思わせる石組みがあり,石組みの間にはツツジが植えられ,池中には島があり,このために〈橘の島宮〉と称せられたという。このように,池を掘り海の風景を表そうとしたことは,以後の日本庭園にも長く受け継がれる。…

※「橘の島宮」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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