櫟荘(読み)いちいのしょう

世界大百科事典(旧版)内の櫟荘の言及

【年貢】より

…田の年貢は原則として米納であったが,室町時代には銭納化したところが多かった。 初期荘園の系譜をひく荘園では,早くから収穫量に応じた反別(たんべつ)の年貢量(斗代(とだい))が決められており,たとえば大和国東大寺領櫟(いちい)荘では,1137年(保延3)の検田帳によると2斗代,3斗代,4斗代,5斗代,6斗代の5段階になっていた。寄進地系の荘園では,寄進前の公田官物率法(かんもつりつぽう)の影響をうけることが多かったようで,たとえば大和国東大寺領春日荘や同国興福寺一乗院領池田荘の一律の3斗代,若狭国東寺領太良(たら)荘の一部にみられる6斗4升8合代などはその例である。…

※「櫟荘」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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