世界大百科事典(旧版)内の武相困民党の言及
【困民党】より
…いわゆる群馬事件においては2名の自由党員が負債農民に呼びかけて数十名を動員して高利貸1戸を打ちこわしたが,農民の組織はなかった。武相困民党において負債農民の運動が各地に展開し,負債返済様式について高利貸や銀行類似会社に集団交渉を計画するとき,自由党とは関係のない富裕な民権家と呼ぶべきグループははじめは農民と債権者の仲裁活動,県郡にたいする請願活動を行ったが,やがてこのグループが運動の指導権をにぎるようになり,84年11月には年賦党員の総会を開いた。しかし激しい弾圧のもとで合法主義を守らざるをえなかった。…
※「武相困民党」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」