《歯長寺縁起》(読み)はながでらえんぎ

世界大百科事典(旧版)内の《歯長寺縁起》の言及

【三木一草】より

…元弘の乱以来一貫して後醍醐天皇に従って軍功をたて,忠顕は参議となって3国の国守となり,正成は左衛門尉と河内・和泉の国守・守護に任ぜられ,長年は伯耆・因幡2国の守になるなど異例の昇進をした。このことは当時の人々の注目するところだったようで,彼らの没後50年の1386年(元中3∥至徳3)に成立した《歯長寺(はながでら)縁起》には〈三木一草の人〉と記し,4人が南朝に殉じて皆討死したことをもって〈聖運傾くべき先兆〉と記し,彼らの建武政権において占めた位置を物語っている。【清田 善樹】。…

※「《歯長寺縁起》」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

政府首脳が外国を訪問した際の会談内容や合意事項を記した外交文書。法的拘束力は持たないが,その内容は両国を事実上拘束する。類似のものに共同発表 joint statementがあるが,これはより記録的な...

共同声明の用語解説を読む