《殷墟書契考釈》(読み)いんきょしょけいこうしゃく

世界大百科事典(旧版)内の《殷墟書契考釈》の言及

【羅振玉】より

…20世紀初頭の殷墟(いんきよ)や敦煌から発現した新資料の価値をいち早く認識し,その収集と整理に努力してきたが,日本滞在中に《鳴沙石室佚書》《流沙墜簡》をはじめ《芒洛冢墓(ぼうらくちようぼ)遺文》など数多くの資料集を出版した。とりわけ,前・後・続3編の《殷墟書契》は近代的印刷による甲骨文字のはじめての図録集で,その解説《殷墟書契考釈》とともに甲骨学研究の基礎を築いたものである。19年に帰国し,以後は天津に住み宣統廃帝溥儀(ふぎ)の師となり,その間,宮中内閣大庫の明・清時代の文書類(檔案(とうあん))が故紙として流出,廃棄されんとするのを防ぎ,あるいは東方学会を設立するなど,資料保存,学問の基礎作りに貢献した。…

※「《殷墟書契考釈》」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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