母衣衆(読み)ほろしゅう

世界大百科事典(旧版)内の母衣衆の言及

【馬廻】より

…年齢の違い,構成員の資質,職務の分掌などにともない馬廻の分化もみられ,〈御馬廻御小姓衆弓鉄砲衆〉〈御小姓衆御馬廻年寄衆〉などが出現した。織田信長が彼の馬廻のなかから戦功の者20人をもって〈母衣衆〉を定めるなどのこともあった。江戸時代には幕府や藩に馬廻組が置かれ,組頭に統率された騎馬隊として,1組40‐50人を定員としたが,のちには組数を減じ,組の員数を増す傾向が生まれた。…

※「母衣衆」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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