《民立報》(読み)みんりっぽう

世界大百科事典(旧版)内の《民立報》の言及

【宋教仁】より

…在日時の活動は多岐にわたるが,とりわけ08年に《間島問題》を著して間島が中国領であることを証明したことは特筆に値する。帰国後,上海で《民立報》を刊行して世論の醸成に努め,また中部同盟会を組織して蜂起を図った。武昌蜂起後は法制の整備と政党政治の確立に心血をそそいだが,彼の率いる国民党の勢力をおそれた袁世凱の手により13年3月暗殺された。…

※「《民立報》」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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