《水の上の歌》(読み)みずのうえのうた

世界大百科事典(旧版)内の《水の上の歌》の言及

【ワシレフスカヤ】より

…ポーランドの革命運動を指導していたが,1939年ドイツ軍がワルシャワに迫ったため,ソ連に帰化し,ポーランド語で作品を書く。すでに《祖国》(1935),《いましめられた大地》(1938)などの作品があったが,ソ連作家としては三部作《水の上の歌》の第1部《沼の炎》(1940)が最初の作品である。この長編は第2部《湖の星》(1945‐46),第3部《河は燃える》(1951)で国家賞を受けた。…

※「《水の上の歌》」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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