《水経注疏》(読み)すいけいちゅうそ

世界大百科事典(旧版)内の《水経注疏》の言及

【水経注】より

…だれがだれの説を盗用したかということが論争の的となり,今日に至るまでまだその結末はついていない。これらの研究を集大成した最終的決定版ともいうべきものは,清末から中華民国初年にかけての楊守敬によって作られた《水経注疏》である。その生前にはついに脱稿をみず,ごく一部分が発表されただけであったが,死後,門弟の熊会貞(ゆうかいてい)が遺志をついで完成させた。…

【楊守敬】より

…博学をもって知られ,特に地理の学にくわしく,《水経注》の研究に力を用いた。《水経注要删》40巻,熊会貞と共著の《水経注疏》40巻等の業績がある。訓詁学にも通じ,金石文字の考証を行った。…

※「《水経注疏》」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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