永源四派(読み)えいげんしぱ

世界大百科事典(旧版)内の永源四派の言及

【永源寺】より

…将軍義満は永源寺を祈願所とし,後土御門天皇は寺格を鎌倉円覚寺の上位に列し,1492年(明応1)の焼失時には綸旨をもって再興し,後奈良天皇は紫衣出世道場にして天竜寺と同格とするなど殊遇した。寂室の弟子弥天永釈,越渓秀格,霊仲禅英,松嶺道秀は,おのおの永安(ようあん)寺,退蔵寺,曹源寺,興源寺を境内に建立して門派を形成し,この永源四派が輪番住持制で永源寺を管理した。また永安寺以下4塔頭(たつちゆう)に含空院(開山塔),永源寺を加えて〈飯高六箇寺〉と称した。…

※「永源四派」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...

五月晴れの用語解説を読む