永琢(読み)ようたく

世界大百科事典(旧版)内の永琢の言及

【盤珪】より

…播磨国揖西郡浜田村(現,兵庫県姫路市網干(あぼし))の出身。17歳で赤穂郡随鷗寺の雲甫について得度,名を永琢(えいたく∥ようたく)と称し,のち備前三友寺の牧翁の法を継ぎ,26歳のとき大悟した。その後,美濃玉竜庵,備前三友寺,肥前平戸の雄香寺,伊予大洲の如法寺,郷里網干の竜門寺,江戸の光林寺などに,あるいはとどまり,あるいはこれを創建して禅要を説いた。…

※「永琢」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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