沁陽県(読み)しんようけん

世界大百科事典(旧版)内の沁陽県の言及

【河内】より

…戦国時代には魏国の領土で,漢代その西部に河内郡がおかれ,のち懐州とも称し,明・清時代には懐慶府といわれた。行政中心は初め懐県であったが,晋代に野王県に移り,隋代以後,河内県と改められたのであって,今日の沁陽(しんよう)県に当たる。【日比野 丈夫】。…

※「沁陽県」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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