沢田晴広(読み)さわだせいこう

世界大百科事典(旧版)内の沢田晴広の言及

【明治・大正時代美術】より

…また1919年には二科会が,晩年のロダンの助手をつとめた藤川勇造を迎えて彫刻部を創設し,これに渡辺義知らが加わり,海外からもザツキン,アルキペンコらの出品が見られた。 木彫では,官設展に沢田晴広(政広)(せいこう)(1894‐1988),三木宗策(1891‐1945),長谷川栄策(1890‐1944)らの新人が台頭し,院展では佐藤朝山に師事した橋本平八(1897‐1935)と平櫛田中が傑出している。岡倉天心の伝統的木彫復興の精神をくんだ平櫛田中は,《転生》(1920)のように天平や鎌倉の仏像彫刻を消化した傑作をつくった。…

※「沢田晴広」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

桜が咲くころの、一時的な冷え込み。《季 春》「―や剝落しるき襖ふすまの絵/秋桜子」[類語]余寒・春寒・梅雨寒・寒い・肌寒い・薄ら寒い・寒寒・深深・凜凜・冷え込む・うそ寒い・寒さ・寒気・寒波・厳寒・酷寒...

花冷えの用語解説を読む