沽酒の禁(読み)こしゅのきん

世界大百科事典(旧版)内の沽酒の禁の言及

【酒屋】より

…《延喜式》記載の平安京の市には酒廛(しゆてん)はない。しかし,鎌倉期には京都では酒屋は無数にあったといわれ,鎌倉では,沽酒(こしゆ)(酒の売買)の禁に関しての幕府の1252年(建長4)の調査で,3万7274個の酒壺があったという。朝廷も幕府の影響を受けて1305年(嘉元3)沽酒の禁を出しているが,それ以前に,酒屋に対しての課税(酒屋役)によって,諸国からの貢納の欠を補おうとする嘆願が,1240年(仁治1)造酒司から出されている。…

※「沽酒の禁」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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