世界大百科事典(旧版)内の《法華経安楽行義》の言及
【慧思】より
…その後,大蘇山に入り,さらに南岳に移って智顗(ちぎ)をはじめ多くの弟子を養成し,陳王朝から尊敬された。自性清浄心を確信する頓悟中心の禅観と,護法のための大胆な菩薩戒など,彼の革新的な思想は《法華経安楽行義》などの著作に見え,天台宗のほか禅宗にも大きく影響した。【川勝 義雄】。…
※「《法華経安楽行義》」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
…その後,大蘇山に入り,さらに南岳に移って智顗(ちぎ)をはじめ多くの弟子を養成し,陳王朝から尊敬された。自性清浄心を確信する頓悟中心の禅観と,護法のための大胆な菩薩戒など,彼の革新的な思想は《法華経安楽行義》などの著作に見え,天台宗のほか禅宗にも大きく影響した。【川勝 義雄】。…
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