海老名のな阿弥(読み)えびなのなあみ

世界大百科事典(旧版)内の海老名のな阿弥の言及

【南阿弥】より

…すなわち,義満近侍の遁世者琳阿弥(りんあみ)作詞の《東国下りの曲舞》の作曲を担当し,藤若(ふじわか)と名のって義満の愛顧を得ていた幼少の世阿弥にこれを御前で謡わしめて,琳阿弥に対する義満の勘当を解かしめたこと,《地獄の曲舞》を作曲したことなどが知られる(以上,《申楽談儀(さるがくだんぎ)》ほか)。 この南阿弥をモデルとするのが,御伽草子の《猿源氏草紙》に登場する〈海老名のな阿弥〉である。同書によれば,な阿弥は初め海老名六郎左衛門と名のる関東武士であったが,のちに都に出て遁世し,和歌・連歌の道の達者として大名高家に近侍したとされる。…

※「海老名のな阿弥」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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