深草法華堂(読み)ふかくさほっけどう

世界大百科事典(旧版)内の深草法華堂の言及

【安楽行院】より

…後深草天皇以後多くの天皇の分骨所。中世には深草法華堂と呼ばれ,寺名の初見は1500年(明応9)後土御門天皇死去の時である。なお,持明院統(北朝)の寺として安楽光院が,現上京区の安楽小路町の地に1475年(文明7)まで存在したことが記録で確認され,この寺が深草に移されたとの説もあるが,確証はない。…

※「深草法華堂」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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